スノボ最大手の創設者『ジェイク・バートン』ライバルとの東西対決?

「スノーボードのメーカーといえば?」と質問されたら、ほとんどの人が「バートン(Burton)」と答えると思います。

未経験者でも名前ぐらいは聞いたことがあるのではないでしょうか。

丘のような雪山での遊び道具から進化して、スポーツやアウトドアだけでなくレジャーとしても確立したスノーボードの最大手メーカー。

その創設者、ジェイク・バートン(Jake Burton)さんについて調べてみました。

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ジェイク・バートンについて

プロフィール

生年月日:1954年4月29日

出身地:アメリカ合衆国ニューヨーク市

職業:バートン・スノーボード創設者

出典:https://www.instagram.com/jakeburton77/

経歴

大学まではスキーヤーとしてレースにも出場していたジェイクさんですが、怪我を理由にスキーを辞めたそうです。

ニューヨーク大学で経済学を学び、卒業後は再び雪山に戻ります。

バートン・スノーボードを設立し、自らもスノーボーダーとして活動。

常に業界の引率者として開発技術やマーケティングなど、今のスノーボードはバートンが中心となって確立したことは間違いないでしょう。

そのバートンの創設者で中心人物が、ジェイクさんです。60歳を過ぎた今でも、出来る限りスノーボードをしているようですね。

バートン・スノーボードについて

設立について

スノーボードは製品としての開発が1970年代に急速に発展すると、1972年に世界最古のスノーボードブランド「WINTERSTICK」が誕生。

続いて1976年に、トム・シムスさんによって「SIMS SNOWBOARDS」が設立しました。

1977年にアメリカのバーモント州で、ジェイク・バートンさんが「BURTON SNOWBOARDS」を設立。

後にスノーボード業界で最も重要な存在になるメーカーが誕生しました。

ジェイクさんが14歳の時に影響を受けた、子供用の玩具として販売されたSNURFERがヒントになっているそうです。

SNURFERは太いスキーの様な形状で、板の先端についてあるロープを持ちながら滑る玩具ですが、バートンがリバイバルした初期のスノーボードがコチラです。

出典:https://www.instagram.com/burtonsnowboards/

オリンンピックについて

フリースタイル競技で、サポート選手がこれまで最も多くメダルを獲得しているバートン・スノーボード。

2連覇をした絶対王者ショーン・ホワイトさん、中高生メダリストの平野歩夢さんと平岡卓さん、平昌オリンピックから3大会連続の金メダルが期待されるクロエ・キムさんなど、数多くの一流選手が在籍しています。

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ライバルとの競合

東と西のカリスマ

スノーボードが発展した大きな理由の一つとして、初期に起きたメーカー同士のライバル関係があったことだと言われています。

それが、アメリカ東海岸のバートン・スノーボードと西海岸のシムス・スノーボードです。

東のバートン

根っからのサーファーでもスケーターでもなく、雪山サーフィンをビジネスにしようとしたのがジェイク・バートンさん

初期の頃は、スラロームやダウンヒルの大会を主催するなど、レースに力をいれていたようです。

西のシムス

トム・シムスさんはベトナム戦争の徴兵を逃れるために、ニュージャージー州から愛と平和を訴えたヒッピー文化の発祥の地である西海外へ移住したそうです。

シムスが初めて主催した大会では、世界で初めてハーフパイプが導入されました。

自由の象徴としての一部がスケートボードやサーフィンだったらしく、スケートボードの世界チャンピオンにもなったトムさんにとって、スノーボードはフリースタイルが重要な要素だったようです。

異なる背景

共に東海岸出身の2人ですが、まったく違う背景で始まったスノーボード人生。

簡単に言えば、真面目な優等生のイメージがあるバートンと、自由奔放なシムスと言ったところでしょうか。

世界初のスノーボード大会では、トム・シムスさんが2位、ジェイク・バートンさんが3位。

現在のプロスノーボーダーという職業を確立した伝説のカリスマとして知られるクレイグ・ケリーさんが、シムスからバートンに電撃移籍するなど、雪山以外での活動にも注目されていたそうです。

良きライバル

ライバルと言ってもスノーボードを発展させていくという考えでは仲間同士。若い頃に2人で写る貴重な写真も存在するそうです。

どちらか1人だけでは、今のスノーボードの発展はありえなかったようですね。

2012年に61歳の若さでこの世を去ったトムさんに対して、ジェイクさんは悲しみの気持ちだけでなく、それ以上に尊敬の念も送ったとか。

業界関係者からファンまで世界中の人がジェイクさんと同じ気持ちだったと思われます。

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まとめ

これからスノーボードを始める子供たちにとっては遠い昔の話かもしれませんが、スノーボードは誕生してからまだ半世紀も経っていません。

ここまで急速に発展して、オリンピック競技にまでなったスポーツは過去に例がないそうです。

ジェイクさん本人もここまでの発展は予想していなかったようで、何が起きているのかわからない時もあったとか。

2人のレジェンドが作り上げた莫大なエネルギーの上に、今日のスノーボードが存在しているのは間違いないでしょう。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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