近年のアウトドアブームもあり、休日は山でハイキングを楽しむ人も多いと思います。
普段とは違う自然の中で過ごす時間は格別ですよね。
そんなアクティビティ感覚の趣味とは違い、世の中には人類がまだ足を踏み入れたことないが無い未踏ルートで登山に挑戦する冒険家がいます。
今回は、アルパインクライマーとして世界的な活躍をする平出和也さんの経歴や出演テレビ、人気カメラマンとしての一面についても調べてみました。
この記事のもくじ
平出和也のプロフィール
名前読み:ひらいで かずや
生年月日:1979年5月25日
出身地:長野県諏訪郡富士見町
職業:アルパインクライマー、山岳カメラマン
所属:ICI石井スポーツ
出典:Wikipedia(2019年7月現在)
出典:インスタグラム
平出和也のアルパインクライミング経歴
アルパインクライミングとは、垂直の壁や氷の斜面などを登りながら山頂を目指す登山です。
時には絶壁にある数十cmほどの隙間にテントを張り一晩を過ごすこともあるとか。
なんだかとても危険で過酷そうですよね。
そんな、平出和也さんは大学3年生から山岳部に所属。
翌年の2001年には人類未踏峰のクーラカンリ東峰(7381m)に登頂して日本スポーツ賞を受賞。
突如現れた新人登山家の功績に当時の登山界は驚いたでしょうね。
平出和也の挑戦は未踏ルート
平出和也さんのこだわりは、人間がまだ足を踏み入れたことのない未踏ルートの登山。
2008年には、インドのカメット(7756m)南東壁未踏ルートを初登頂。
この登攀が評価され、パートナーとして挑戦していた故・谷口けいさんと共に、登山界のアカデミー賞とも言われる「ピオレドール賞」を日本人で初受賞しました。
そして、2017年には4度目の挑戦でパキスタンにあるシスパーレ(7611m)の北東壁未踏ルートからの登頂に成功。
この挑戦は、10年がかりで達成した偉業のようです!
本当に、すごいチャレンジ精神ですよね。
平出和也の出身高校や大学は?
小中学生の時に剣道をしていた平出和也さんは、長野県で3位になったこともある実力でした。
その後は東海大学第三高等学校に入学すると、陸上部で競歩の選手として全国6位。
この頃から、トレーニングで山を走っていたようです。
東海大学に入学してからも競歩を続け、日本選手権で10位になりました。
平出和也さんは、昔からスポーツ万能な少年だったことがわかりますね。
平出和也は山岳カメラマンとしても活躍
2008年に平出和也さんは、プロ登山家の竹内洋岳さんから誘われ、ガッシャーブルムII峰とブロードピークにサポート兼カメラマンとして8000m峰に連続登頂。
2010年には、『情熱大陸』の取材を受けたサバイバル登山の服部文祥さんから、絶対に足手まといにならないという理由でカメラマンに指名されたそうです。
この撮影で服部文祥さんは、肋骨を3本折る滑落事故を起こしましたが、平出和也さんが無事に救助しました。
2013年には、三浦雄一郎さんが当時80歳でのエベレスト登頂の撮影。
2017年には、アラスカのデナリ(6194m)からの滑降に成功したビッグマウンテンスキーヤー佐々木大輔さんの撮影に同行。
日本を代表する冒険家や登山家に同行しながらカメラマンとして撮影ができるほど、平出和也さんは山に対する経験や知識があるということですね。
2017年には、「誰にもまねできない冒険と撮影の両立」が評価され、日本の冒険家に送られる最高の賞である植村直己冒険賞を受賞しました。
平出和也の出演テレビ番組は?
これまでに、同行カメラマンとして『情熱大陸』やNHKの番組などに出演してきた平出和也さん。
人気テレビ番組クレイジージャーニーの出演では、その過酷な挑戦が話題になりました。
これまでに経験した命に関わる登山や絶壁を登る映像などが紹介され、視聴者を驚かせたようです。
どんなジャンルでも、世界初の挑戦をしている人は表現のできない雰囲気があります。
平出和也さんも、独特で個性的な方に見えますよね。
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まとめ
一流のアルパインクライマーとしてだけでなく、一流の冒険家や登山家に同行できるカメラマンとしても活躍する平出和也さん。
本人的には冒険家として1つの区切りはついたようですが、おそらくこれからも平出和也さんの新しい挑戦は続くでしょうね。
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